About

日常の中に、新しい目線を持つ


 先日、とある編集者の先輩からの薦めで、芦沢一洋さんの著書
『アーバン・アウトドア・ライフ』を読んだ。今から40年近く前に初版が刊行されたその本の中には、都市生活者たちに贈るアウトドア・ライフのアイデアが詰まっていた。曰わく、アーバン・アウトドア・ライフというのは、何も大自然の中に身を置くことだけではなく、例えば近所の公園の散策、そこで聞こえる鳥のさえずりや季節の木々の変化、家でレコードを聴きながら原野を想う夜、そうした何気ない日常生活のひと時においても、それを満喫することができるというものだ。大切なのは、自分の中に探究心や自由な風を感じる心を持つこと。その目線は今見ても新しく、ハッとさせられる内容で溢れていた。


 一方、僕らが夢中になるバスフィッシングにおいては、年を追う
ごとにますます「厳しい」「釣りにくい」という声が大きくなる現状で、そうした状況下で世の中には釣れる場所、釣れるルアー、最新タックルなど、”釣る”ための情報がオンライン・オフライン問わず溢れている。それはそれでこちらも釣りたい一心で、それら新しい情報を必死にかき集めたりするわけだが、それと同時にどこか違和感を感じることもあったりする。


 果たして、より1匹でも多く、より1cmでも大きな魚を釣ることだけが目的だったのか。きっとそれは違う。僕らが幼い頃からのめり込んできた釣りの楽しさは、そういうことではないんだと思う。小学生の頃、釣り竿を担いで仲間と近所の江戸川まで自転車を走らせていた当時は50回通っても誰かが1匹釣れるかどうかという悲惨な状況で、でもそれが楽しくてしょうがなかったわけで。仲間とフィールドに出掛け、そこで釣りという遊びを通して過ごしている”時間”に夢中になっていた。

もっと言えば、近所の釣具屋に通うことや、釣りに行く前夜にタックルを準備してる時間、仲間との終わりのない釣り談義など、それら1つひとつにワクワクしていたんだと思う。そして何より、大人になった今ではまだ見ぬフィールドへ旅に出ることが最高の楽しみだったりする。魚が”釣れる”ということは、そうした全ての時間の延長戦にあるイチ”結果”にすぎず、誤解を恐れずに言えば、釣れるかどうかなんて正直どうでもいいことなのだ。だから、厳しいプロアングラーの世界ならまだしも、自分たちのようなファンフィッシングを楽しむ身にとっても、釣ることだけが唯一解のようになってる今のこの状況にどこか違和感を感じてしまうのだと思う。

 片や他に目を向けてみると、サーフィンやスノーボード、スケートボードなどそれらは全て何かしらトリックをメイクすることだけが目的なはずもなく、ましてやキャンプや登山に至ってはそれらを通して得る学びや体験、そのプロセス自体が人々を魅了している。本来は釣りだって同じはずだ。何かと1つの結果や答えをすぐ求めてしまいがちな世の中だが、近道ばかりを探そうとせず、もっと遠回りを楽しむ”余白”のようなモノを持てるかどうかで、より豊かな時間を過ごせるかが変わってくる気がする。


 思い返せば、まだ右も左も知らない青年期に夢中になっていた、沢木耕太郎著『深夜特急』、小田実著『何でも見てやろう』、ジャック・ケルアック著『オン・ザ・ロード』などの小説や、『グッド・ウィル・ハンティング』、『モーターサイクル・ダイアリーズ』、『あの頃ペニー・レインと』、『菊次郎の夏』、『シッピング・ジェットストリーム』…など多くの作品の中の世界では、その主人公たちが大いなる遠回りの旅路の中で、成長していくストーリーに心打たれていた。


 だからこそ、この『BEFORE YOU WAKE UP』という場では、1つの答えや正解を求めることは決してせずに、そこに向かっていくまでの”時間”にフォーカスをしていきたいと思っている。


 ちなみにこれは完全なる余談になるが、この『BEFORE YOU WAKE UP』という名前は、自分が個人的に好きな『WHILE YOU ARE SLEEPING』という深夜のラジオ番組のタイトルからインスピレーションを受けて付けたものだ。今は休止中だが、いつか番組がまた再始動した折には是非聴いてみてもらえたらと思う。


 釣りに限らず、旅先での新しい経験や人との出会いはかけがいのない宝物になり、そこで生まれた絆はその先の人生をより豊かにしてくれる。僕らのような大人にこそ、そんなライフスタイルがもっと身近に根付いてくれればいいなと思います。


Somewhere but here, here goes nothing.


『BEFORE YOU WAKE UP』編集長 市川純平